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【朗読】『どんぐりと山猫』中嶋順子・原田眞理子

宮沢賢治「どんぐりと山猫」の後半部分を朗読劇

中嶋順子(フリーアナウンサー)・原田眞理子(朗読A・hane)

 

 

 

 

「どんぐりと山猫」後半部分

【中嶋】空が青くすみわたり、どんぐりはぴかぴかしてじつにきれいでした。
「裁判ももう今日で三日目だぞ、いい加減になかなおりをしたらどうだ。」山ねこが、すこし心配そうに、それでもむりに威張って言いますと、どんぐりどもは口々に叫びました。
【原田】「いえいえ、だめです、なんといったって頭のとがってるのがいちばんえらいんです。そしてわたしがいちばんとがっています。」
【中嶋】「いいえ、ちがいます。まるいのがえらいのです。いちばんまるいのはわたしです。」
【原田】「大きなことだよ。大きなのがいちばんえらいんだよ。わたしがいちばん大きいからわたしがえらいんだよ。」
【中嶋】「そうでないよ。わたしのほうがよほど大きいと、きのうも判事さんがおっしゃったじゃないか。」
【原田】「だめだい、そんなこと。せいの高いのだよ。せいの高いことなんだよ。」
【中嶋】「押しっこのえらいひとだよ。押しっこをしてきめるんだよ。」もうみんな、がやがやがやがや言って、なにがなんだか、まるで蜂の巣をつっついたようで、わけがわからなくなりました。そこでやまねこが叫びました。
【原田】「やかましい。ここをなんとこころえる。しずまれ、しずまれ。」
別当がむちをひゅうぱちっとならしましたのでどんぐりどもは、やっとしずまりました。やまねこは、ぴんとひげをひねって言いました。
裁判ももうきょうで三日目だぞ。いい加減に仲なおりしたらどうだ。」
【中嶋】すると、もうどんぐりどもが、くちぐちに云いました。
「いえいえ、だめです。なんといったって、頭のとがっているのがいちばんえらいのです。」
「いいえ、ちがいます。まるいのがえらいのです。」
「そうでないよ。大きなことだよ。」がやがやがやがや、もうなにがなんだかわからなくなりました。
【原田】山猫が叫びました。「だまれ、やかましい。ここをなんと心得る。しずまれしずまれ。」
別当が、むちをひゅうぱちっと鳴らしました。山猫がひげをぴんとひねって言いました。
「裁判ももうきょうで三日目だぞ。いい加減になかなおりをしたらどうだ。」
【中嶋】「いえ、いえ、だめです。あたまのとがったものが……。」がやがやがやがや。
【原田】山ねこが叫びました。「やかましい。ここをなんとこころえる。しずまれ、しずまれ。」
別当が、むちをひゅうぱちっと鳴らし、どんぐりはみんなしずまりました。山猫が一郎にそっと申しました。
「このとおりです。どうしたらいいでしょう。」
【中嶋】一郎はわらってこたえました。
「そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教できいたんです。」【原田】山猫はなるほどというふうにうなずいて、それからいかにも気取って、繻子(しゅす)のきものの胸(えり)を開いて、黄いろの陣羽織をちょっと出してどんぐりどもに申しわたしました。
「よろしい。しずかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ。」
【中嶋】どんぐりは、しいんとしてしまいました。それはそれはしいんとして、堅まってしまいました。
そこで山猫は、黒い繻子の服をぬいで、額の汗をぬぐいながら、一郎の手をとりました。別当も大よろこびで、五六ぺん、鞭をひゅうぱちっ、ひゅうぱちっ、ひゅうひゅうぱちっと鳴らしました。
【原田】やまねこが言いました。「どうもありがとうございました。これほどのひどい裁判を、まるで一分半でかたづけてくださいました。どうかこれからわたしの裁判所の、名誉判事になってください。これからも、葉書が行ったら、どうか来てくださいませんか。そのたびにお礼はいたします。」
【中嶋】「承知しました。お礼なんかいりませんよ。」
【原田】「いいえ、お礼はどうかとってください。わたしのじんかくにかかわりますから。そしてこれからは、葉書にかねた一郎どのと書いて、こちらを裁判所としますが、ようございますか。」
【中嶋】一郎が「ええ、かまいません。」と申しますと、やまねこはまだなにか言いたそうに、しばらくひげをひねって、眼をぱちぱちさせていましたが、とうとう決心したらしく言い出しました。
「それから、はがきの文句ですが、これからは、用事これありに付き、明日(みょうにち)出頭すべしと書いてどうでしょう。」 一郎はわらって言いました。
【原田】「さあ、なんだか変ですね。そいつだけはやめた方がいいでしょう。」山猫は、どうも言いようがまずかった、いかにも残念だというふうに、しばらくひげをひねったまま、下を向いていましたが、やっとあきらめて言いました。
【原田】「それでは、文句はいままでのとおりにしましょう。そこで今日のお礼ですが、あなたは黄金(きん)のどんぐり一升と、塩鮭(しおざけ)のあたまと、どっちをおすきですか。」
【中嶋】「黄金のどんぐりがすきです。」
【原田】山猫は、鮭(しゃけ)の頭でなくて、まあよかったというように、口早に馬車別当に云いました。「どんぐりを一升早くもってこい。一升にたりなかったら、めっきのどんぐりもまぜてこい。はやく。」
【中嶋】別当は、さっきのどんぐりをますに入れて、はかって叫びました。
「ちょうど一升あります。」
【原田】山ねこの陣羽織が風にばたばた鳴りました。そこで山ねこは、大きく延びあがって、めをつぶって、半分あくびをしながら言いました。「よし、はやく馬車のしたくをしろ。」

【中嶋】白い大きなきのこでこしらえた馬車が、ひっぱりだされました。そしてなんだかねずみいろの、おかしな形の馬がついています。
【原田】「さあ、おうちへお送りいたしましょう。」山猫が言いました。
【中嶋】二人は馬車にのり別当は、どんぐりのますを馬車のなかに入れました。 ひゅう、ぱちっ。 馬車は草地をはなれました。木や藪(やぶ)がけむりのようにぐらぐらゆれました。
一郎は黄金(きん)のどんぐりを見、やまねこはとぼけたかおつきで、遠くをみていました。
 馬車が進むにしたがって、どんぐりはだんだん光がうすくなって、まもなく馬車がとまったときは、あたりまえの茶いろのどんぐりに変っていました。そして、山ねこの黄いろな陣羽織も、別当も、きのこの馬車も、一度に見えなくなって、一郎はじぶんのうちの前に、どんぐりを入れたますを持って立っていました。
 それからあと、山ねこ拝というはがきは、もうきませんでした。やっぱり、出頭すべしと書いてもいいと言えばよかったと、一郎はときどき思うのです。

 

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